2010年05月31日

老い日記[74]――生誕18,642日/禁煙27日目

 
 昼過ぎに米子空港に到着。航空券はSKIPなので、余裕をかましてフライト15分前に保安ゲートへ。ところが、航空券が受け付けない。バーコードをかざしても「ピー」、不穏な音がしてはじかれる。係の人に「1階のカウンターで手続きしてください」と言われ、「でもこれ、SKIPですよ」と憮然としてチケットを突きつける。「あ、ホントですね」「(鼻息荒く)でしょう?」「ちょっと待ってください」と係の人は上役らしい人にチケットを見せる。すると、その上役らしき人は少しも臆せず、「お客様、これは明日のチケットです」
 なぬ? 明日の? なぬ? よくよく見ると、チケットには間違いなく、「6月1日米子→羽田」の文字が……。
 慌てて1階に下りてカウンターに行くと、地上勤務の担当者は「インターネットで日にちを間違えてお取りになってますね」と勝ち誇った(ように見える)顔で言う。いや、取ったのは俺じゃなくて文化振興財団だし、と無用の論戦を展開したくなるが、そこはぐっと堪えて、「いやそれはいいんですけど、次の便に乗れますか?」「では、こちらを一旦キャンセルし払い戻しをした上で、改めて東京までの片道料金をいただくことになりますが、よろしいですか?」。
 よろしいも何もほかに選択肢はなく、それでお願いしますと焦って答えると、電卓をこれ見よがしに(そう見える)目の前で叩いてみせ、「払戻金が19,980円、羽田までの片道運賃が31,500円ですので差額分は11,520円になります」
 そんなにするのかよ?と思いつつ開けた財布には1万円札が1枚、千円札が2枚。スッカラカンになって小銭だけを握りしめ、急いで飛行機に駆け込む。もちろん最後の搭乗者。
 土壇場で慌てふためく羽目になり、治りかけている(と思う)胃が急激にシクシクと痛む。

 夕方から『誰も見たことのない場所』の稽古。後半を返しつつ、ほぼ最後まで通る。これでしばらくこちらの稽古はお休み。なのにまだまだ上演には程遠い有り様。
 立ち位置や出ハケなど、おびただしい段取りを軽やかにすっ飛ばすSKIP機能が芝居にもあればいいのにと切に思う。

999?.jpg
JR米子駅前に広場には「米子版・銀河鉄道999」が。天へ旅立つ、というより道向かいの安ホテルにそのまま停車しそうに見えて、悲哀が漂う。
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2010年05月30日

老い日記[73]――生誕18,641日/禁煙26日目

 
 一日中、室内に籠もって劇作家育成講座。4人の新人劇作家の卵を相手に10時30分から20時30分過ぎまで、みっちり9時間しゃべり倒す(途中1時間休憩)。
 メールで我が癌情報は回ってたらしく、みんなが心配してくれるが、「あー、全然変わってない」「もっと痩せてるかと思った」といった言葉に、期待外れのようなニュアンスを強く感じるのは被害妄想なのか?

 講座の会場は今回、米子市内の小さな公民館だったのだが、休憩時に玄関先の外に出ていたら、地元劇作家のSさんが煙草をくゆらせながら道向かいのビルを指さし、「あのビルが2人殺された殺人事件の現場ですよ」と言う。
 話を聞いてすぐ、「もしや、あの事件か?」と思い当たって聞き返したら、そうだった。
 鳥取地裁で去年、2人を殺した被告に対し検察が死刑を求刑しなかった、つまり検察側が弁護側に負けず劣らずの情状酌量を汲み取ったことで話題となった裁判があった。この事件は裁判員裁判で初の死刑求刑もあり得ると注目されていて、実は先月の旗揚げ公演『死ぬのは私ではない』のアフタートークでも中日新聞記者の片山夏子さんとこの裁判についてあれこれ話していた。その殺人事件現場だった。
 その「石谷ビル」は見るからに寒々しかった。ほかのフロアの会社も今ではすべて退去し、すっかり幽霊ビルと化していた。死体は屋上に放置され、3カ月後に発見されたときには腐敗が相当進んでいたという。事件が起こったのは昨年2月21日。もう1年以上が経過しているのに、まだ死体の腐臭が漂っている。そんな印象を与える殺伐としたビルだった。人間も建物も、一瞬にして崩壊へと突き進む。そういうこともある。

 講座終了後は講座の人たち数人と飲み会。自覚症状は少しもないのだが、病み上がりの体をいたわるつもりで「ホットゆず茶」なんぞを注文。戯曲の話も殺人事件の話もほとんどなくて、ひたすらバカ話で盛り上がり、0時半過ぎにホテルに戻る。
今日はおかげさまで、疲労感たっぷり。

殺人現場.jpg
殺人現場。周囲の建物が低いので、このビルの異様さが際だっていた。
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2010年05月29日

老い日記[72]――生誕18,640日/禁煙25日目

 
 6時半に目が覚めて起き出したものの頭がどんより重く、体も目覚めてくれる感覚がないので、二度寝を決めて結局9時すぎに起床。このところ、「目覚めスッキリ」から日々遠のいていっている気がする。いったい何が足りないのか? 睡眠の長さ? 深さ?若さ?

 昼過ぎまで、わっせわっせと原稿を書いて羽田空港へ。
 夕方のフライト時間まで羽田で打ち合わせを二つ。まずF女史と制作打ち合わせ。その後、美術家Iさんと芝居2本分の美術打ち合わせ。2本ともに「おお、面白そうじゃん」という方向性が見いだせて、わくわく気分が上昇。
 Iさんは今も悪性リンパ腫と格闘中。見た目、ほとんど変わってないので、そんなに心配してないのだが、抗ガン剤を投与してしばらくは免疫力が低下するため、いろいろと大変らしい。その抗ガン剤投与ももうすぐ終了予定とのこと。このまま美術家も演出家も「ひとまず健康体」に戻れればいいのだが。

 6時発の飛行機で米子へ。今日は珍しく機内では爆睡することなく、大半を読書で過ごす。気圧の変化で耳が痛くなることもなし。40代半ばに差し掛かった頃から耐えられないくらい痛くなっていたのに、2年ほど前からまた全然平気になってきた。これは耳が慣れたってことなのか? それとも何らかの器官がぶっ壊れてバカになってるってことなのか?
 到着後、今後の打ち合わせをすませ、その後、地元の演劇人と飲み会。といっても、車だったり、下戸だったり、病み上がりだったりして、アルコールは誰一人口にせず。それでも、だらだら、ぐだぐだ、尽きることなく会話が続き、ホテルに戻ったのは午前0時半近く。意外に疲労感は少なし。都会にはない新鮮な米子の空気で若返ったか?(たぶん気のせい)

薬局?.jpg
近所の不思議な店シリーズ。
看板に「病気に負けない健康造り」「三慶堂薬局」と書いてあるのに、1階はリサイクルショップ。薬局はどこにもなし。もしかして、この看板もリサイクル商品?
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2010年05月28日

老い日記[71]――生誕18,639日/禁煙24日目

 
 渋谷の地下の喫茶店に独り、アイスカフェオレをすすりつつ、じっと待つ。ドアが開く度に素早く視線を走らせるが、待ち人は現れず。10分経過、メールを打ってみる。返信なし。20分経過、電話をかけてみる。留守録なり。30分経過、何事もなし。よもや?と思いつつ席を立つに立てないでいた35分経過後、ようやく電話が入る。
 「あれ? 今日5時ですよね?」と待ち人は驚いたように言う。「2時ですよ」「え? え?」「5時までなら時間取れますって僕が言ったら、Tさんが2時って指定したんじゃないですか」「え? でも俺、手帳に5時って、え?あれ? え?」
 待ち合わせていた舞台美術家Tさん、錦糸町の稽古場にいるらしく、約束はご破算に。いいんですよ、Tさん。僕はお茶を飲むためだけにわざわざ渋谷に行きたかったんです、もう全然気にしないでください。渋谷で独りで飲むアイスカフェオレ、激ウマでしたから。(泣)
 喫茶店を出て、さぁてどうしようと思っていると再びTさんから電話。「ほんとだ、2時でいいですか?って俺、メール打ってたね」。だから間違ったのはTさんなんですってば!(激泣)

 手術して17日が経過。医者からは「治るのに4週間かかります」と言われていたが、取り立てて不都合・違和感は今まで何もなし。ただ、稽古を終えて自宅に戻ると疲労感が激しく、夜更かしに無理が利かなくなっている。でもこれはたぶん手術とは無関係。恐らく、年とともに体力が落ちたか、やる気がないのか、ただ怠惰なだけ。
 今日の稽古は二、三回止めながらではあったが、前半を通ってみる。……まだまだ先は長いっす。 
 
喫茶店ミヤマ.jpg
今は喫茶店のこの場所に昔、とても個性的な小劇場があったことを今どれくらいの人が知っているのだろう。
その名も「ジァンジァン」。独特の匂いを持つ空間だった。

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2010年05月27日

老い日記[70]――生誕18,638日/禁煙23日目

 
  3時からの打ち合わせを終えて、本日も歯科医院へ。
 疼きのひどい下の左奥をなんとかしたいのだが、歯科医は「今日は上の左奥の歯をクリーニングしますね」と言う。
 上? 疼くのは下だと言ったはずだが聞こえなかったのか?
 「あの、疼くのは左奥の下なんですけど」「ああ、下はまだ炎症がひどいんでね、今日ガリガリやっちゃうと菌が広がっちゃう恐れがあるんですよ。ポケットが一番深いのは上のほうなんで今日は上をやっちゃいましょう」
 ……なんだか今イチ納得できないまま、左上奥に麻酔の注射が、ぶすっ、と刺さる。「ちょっとチクッとしますね」と歯科医は言ったのだが、ズッキーン! と一瞬、意識が吹っ飛ぶ痛さ。
 それでもただただ口をあんぐり開けて耐えるのみ。この痛みがやがて快感に……は変わりません。
 これは「老い」というより、長年のツケがたまっているのだなぁと、痛い痛いと疼きに耐えながら我が身をあざ笑う。
 
 夕方から『誰も見たことのない場所』の稽古。若手の前進はカタツムリの歩みよりのろい。マズいところをせっせせっせと手直ししても、数日経つとまた悪くなっている。まるで我が身の歯のような。歯周病菌で腐った歯は、もう抜くしかないのか?
 
歯磨き粉.jpg
食後の友。青い袋はうがい薬、結構すぐれもの。
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2010年05月26日

老い日記[69]――生誕18,637日/禁煙22日目

 
 靴下を長時間履いていると、くるぶしの上にしっかり「食い込み跡」が残って、これがなかなか元に戻らない。窪みの輪っかがいつまでも刻まれたまま。これもまた典型的な「老い」の証拠、肌の張り(弾性)なんてとっくになくなっている。これが見た目の問題だけなら別に構わないのだが、この窪みの輪っか、結構じんわり、じんわり痛い。
 ところが「スネ毛が見えてみっともない」と敬遠していたスニーカーソックスを履いてみると、とても楽。もちろん窪みの輪っかも残らない。ブラボー。若者カジュアル服の特権と思っていたが、これからはオジサンも進んで愛用します。くるぶし、見せます。スネ毛、チラ見せします。人が不快に思おうと知ったこっちゃありません、我が体の痛み軽減が何より大事です。

 夜、稽古はOFFだったが、次回公演のための実験。
 発泡スチロールの板、風船、注射器、白い布、絵の具、血糊、ビニール袋、カッターナイフ……。怪しげな道具をあれこれ駆使しつつ、最も効果的な方法を探る。芝居づくりには、こんな地味な作業も欠かせない。

眠れる森の死体(チラシ).jpg
次回公演フライヤー用の古川タクさんのイラスト。
15年前と同じものだが、今なおシンプルな線と色使いがブラボー。
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2010年05月25日

老い日記[68]――生誕18,636日/禁煙21日目

 
 昼前から会議のために新宿へ。刺激物を控えている我が身を気遣って事務局嬢が緑茶を出してくれようとするが、「今日、コーヒーにしてください」「いいんですか?」「退院してもう1週間経ったし、大丈夫っすよ」。この男、すっかり我が身の回復力を過信しております。でも久々に味わったコーヒーは至って普通。さしたる感動もなく、なんだか損した気になる。
 会議は1時間ほどで終わるだろうと高をくくっていたら、みっちり2時間超え。急いで新宿を後にする。

 4時すぎから上野にある大学で講義(実習)。毎年この時期の恒例になりつつあるこの授業、俳優志望でもない若者が相手なので彼らも今イチ盛り上がらず、こちらの「どSっぷり」も影を潜める。それでも中に、いかにもやる気のなさそうな、「なんでこんなことしなきゃいけねーんだよ?」的なオーラを出しまくっている男子学生が一人いて、てめぇ本気で喧嘩したろかと一瞬胸が騒ぐが、どうどうどう、と我が心を諫めてやり過ごす。

 久々の上野恩賜公園は相変わらず緑が多く、病み上がりには憩いの地。かつてのヘビースモーカーはどこに喫煙エリアがあるかも熟知しているが、今日は当然ながら素通り。もしもし皆さん、吸い過ぎは癌になるよ癌に、と心の中で毒づきながら。
 上野から西荻窪の稽古場に直行。日々の疲れが溜まっているのか、移動の電車内では頭がふらふら。立っているのも少々しんどい。なんとか辿り着き、ロビーで5分ほど休んでから、いざ稽古場へ。稽古は客演の女優Mが風邪を悪化させて欠席ながら、前半を通ってみる。登場人物の醸し出す空気の差が激しい。まだまだ箸にも棒にもかからない。(汗)

 古川タクさんのイラスト展が銀座で開催。6月1日〜13日、ギャラリー悠玄にて。イラストレーター3人展で古川さんの『はなのはなし、エトセトラ、、』はB1で。思わず、むふふふふ、となるユーモアいっぱいのイラストを今回も堪能しましょ。
 
鳩に餌を.jpg
上野恩賜公園に掲げられた横断幕。2行目がすごい。
「エサをあげないことがハトへの愛情です…」
放置系?
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2010年05月24日

老い日記[67]――生誕18,635日/禁煙20日目

 
 朝9時すぎにはリムジンバスに乗って空港へ。
 術後2回目のフライトも睡眠睡眠で何事もなく羽田着。電車を乗り継いで新宿まで辿り着いたところで、携帯電話の充電器をホテルに忘れたことに突然気づく。
 ホテルの部屋って、どうしてあんな妙な場所にコンセント口があるのだろう(バスルームのドア横の下のほうとか)、こんなところに挿しっぱなしにしておくと絶対忘れるよなぁ、と思っていたらホントに忘れた。まったくもって、なんであんなところにコン
セント口があるんだ? ホテルの部屋の構造が悪い、おかしい、と急に腹立たしくなりながら、人間、つけようと思えばどんなことにも文句をつけられるもんだと我ながらほとほと感心。

 先週から悲鳴をあげ始めた歯の疼きがいっこうに治まる気配がないので、稽古前に歯科医に駆け込む。
 「最近、歯ぎしりとかしてないですか?」と歯科医が聞く。
 歯ぎしり?
 「歯ぎしりをすると歯の長い糸切り歯がこすれ合って動いて、ぐらぐらしてくるんですよ。で、そこに菌が入りやすくなって、ぐらぐら動くたびに歯周ポケットが広がって両隣の歯にも菌が移ってっちゃうんですね。してないですか、歯ぎしり?」
 え? 歯ぎしりってしようと思ってするもんですか? と突っかかりたくなる気持ちをぐっと抑えて我が身を振り返ってみるが、寝てるときに歯ぎしりをする癖はない(していたと言われたこともない)。
 しないよなぁと思っていると、「歯に力を入れたり歯を食いしばったり、してないですか?」と歯科医は追い打ちをかける。
 え? 悔しくて歯ぎしりするとか、なにくそぉと思って歯を食いしばるとか、そういうこと? いやいや先生、もうそこまで若者のような情熱はないですよ、と言いかけて、いや待て、昨日・一昨日のオーディションで無駄に張り切っていた我が身をありありと思い出したが、いやいや、でも歯は食いしばってないよな、となんだか堂々巡りのような思考回路になっていると、「糸切り歯の歯周ポケットが広がらないように歯間ブラシ、頑張ってやってみてください」
 結局、歯磨きを頑張れという結論にやや拍子抜けしながら、「わかりました……」と答えるしか我に能はなし。

 歯科医院から稽古場に直行。若手男優の成長の遅さも腹立たしいが、若手女優はもっと厳しい。まぁ、基礎訓練もまだまだ、技術習得もこれからこれから、と自らをなだめるものの、でも本番は待ってはくれない。果たして間に合うのか? やはり我が劇団の稽古場がもっとも胃によろしくない。
 稽古後、次回公演主役の若手男優Oと世田谷まで車で出かけて芝居に使う映像の打ち合わせ。今日も帰宅は0時すぎ。今日もへろへろ。あー、体力落ちた落ちたと、どんより思う。
宮本武蔵.jpg
熊本空港の搭乗口には「宮本武蔵」のパネル展示が。熊本ゆかりの人物展らしく、右隣は「夏目漱石」、左隣は「細川ガラシャ」。展示に見入る人は皆無。
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2010年05月23日

老い日記[66]――生誕18,634日/禁煙19日目

 オーディション2日目。参加者は昨日か今日、どちらか1日を受けるというやり方になっていて、今日は一跡二跳の芝居に客演してもらったこともある女優Kさん、大学演劇部の後輩のN君など見知った顔がちらほら。
 今日は一日、地元テレビの追っかけ取材が入っていて、演出家にはピンマイクがつけられる。あれほど昨日たしなめられたのに、音声さんにマイクをつけてもらいながら、「跳んだりはねたりしても大丈夫ですか?」と思わず聞いてしまうこの男、経験が少しも学習になってません。おまけに、「あの、突然怒鳴ったり罵倒したり、大声を出すと思いますが」と聞かれてもいないのに自ら「どS宣言」をしてしまう。

 今日は午前11:00スタート、夜の7時まで。昨日とほぼ同じ流れで進行。運動は控えめに控えめに、テレビが入ってるからって無駄に張り切らないように冷静に、と我が身に言い聞かせつつも、声と体の連動など解説しながら、なんだかんだで結構動いてしまう。いかんいかん、自重しなければ。

 オーディションには昨日・今日の2日間で計50人が参加。熊本は小劇場が一つもないという寂しい演劇環境ながら、地元俳優たちは志もレベルも高い人が少なくないのが救い。
 長丁場のオーディションを吐血に見舞われることもなく今日も無事に終え、8時すぎから2作品まとめてキャスティング打ち合わせに突入。昨日、一日目を終えて不安がよぎったのだが、やはり若い女優の配役が難航。これがベストと思えど稽古時間の調整がつかなかったり、みんな働きながら芝居をしているので仕方がないこととはいえ、よし、これでいける!という配役を組むのは本当に難しい。今日もまた、あーでもないこーでもないと二転三転を繰り返し、ようやく終了したのは午前0時過ぎ。
 
 ホテルに戻ったら、今日もへろへろ状態。それでも3日間、大事には至らず乗り越えて、ホッとひと安心。万が一、熊本滞在中に吐血・下血などが起こった場合に備えて、熊本の病院宛てに紹介状(診療情報提供書)を2通も書いてもらっていたのだが、どうやら使わずにすみそうな気配。もしかして快復は順調? もしかして我が体、まだまだ若い?
 その診療情報提供書を読むと、詳しく書いてありました、我が癌について。
●所見:「胃角部後壁の病変径18mm×15mmの未分化混在型(tub 1-2)早期胃癌(UL−、深達度M/分類0-Uc)」
●処置:「ESD法(内視鏡的粘膜下層剥離術)、切除径40×38mm、筋層から出る3カ所の露出血管にクリップ」。
 ああ、結構な大きさを切ったんだな、と今さらながら人ごとのように思う。

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昼食に「太平燕」(タイピーエン)を食す。熊本に8年も住んでいながら、まったく知らなかった、「熊本伝統の味」。
太平燕.jpg
さっぱりした春雨のタンメンのような感じ。「ほんとに知らないんですかぁ?」と驚愕されたが、初の出会い。
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2010年05月22日

老い日記[65]――生誕18,633日/禁煙18日目

 
 「ワタクシごとですが、このあいだ癌の手術をして月曜に退院したばかりでして(笑)、医者から運動はまだやらないほうがいいと言われてる段階なので今日のウォーミングアップのストレッチは、こちらの俳優Oがやりますから、彼を見ながら見よう見まねで結構ですので無理せず体をあっためてください」
 ワークショップ&オーディションの冒頭で参加者を前にそう挨拶しておきながら、ストレッチの音楽がかかるとすぐさま先頭に立って張り切って動く。とことん天の邪鬼です、この男。俳優Oからも「俺を信用してない」と責められる。
 おまけに一旦やり始めたら、やめるタイミングが難しくて、やがて汗も滴り落ちて、無理せず体をあっためろと言った本人が誰よりも無理をしていると思われ、劇場サイドのスタッフ陣に「無理しないでください、怖くて見てられません」とたしなめられる始末。人の迷惑顧みず見栄を張ります、この老い男。

 ワークショップ&オーディションは午後1時から9時までの長丁場。@ウォーミングアップ A体のコントロール(インクラネーション、ローテーション) B体と呼吸の連動(ウォーキング、ツーステップ) C発声(体との連動、リズムを意識して) D「外郎売」をテキストに、「セリフをいかに聞いて、いかに合わせられるか」の練習 E上演台本を使ってのセリフの読み―― という流れで、途中休憩1時間を挟んで、みっちり7時間。
 その後、キャスティングを念頭に置きつつ、明日に向けての打ち合わせをあーでもないこーでもないと繰り返し、ホテルに戻ったのは11時すぎ。

 幸い、胃が痛むことも体調不良に陥ることもなく無事に終えたが、さすがに疲労感たっぷり。
 この疲れを明日に持ち越してはならぬ、ゆっくり体をほぐそうじゃないかとバスタブにお湯を張って浸かり、あー、はー、ふー、とじじぃのように極楽極楽と思っていたら、「退院しても2週間はお湯には浸からずシャワーにしてくださいね」という医者からの注意を突然思い出して、慌てて風呂から上がり、そのドタバタぶりでかえって疲労が溜まる。

恥ずかしい.jpg
劇場の案内板には、大写しの顔写真入りパネルが。
は、恥ずかしい……。指名手配?
オーディションはこちら.jpg
ここから未来のスターが?
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2010年05月21日

老い日記[64]――生誕18,632日/禁煙17日目

 朝からバタバタと準備をし、キャリーバッグを転がし新宿での会議へ。白熱する会議を尻目に、「すみません」と後ろ髪引かれつつ1時間で中座して、急いで羽田へ。
 十分間に合う計算だったのに、接続が悪く、乗り換えではダッシュを繰り返し、なんとかぎりぎりに着くと、搭乗口は既にファイナルコール。慌てて乗り込む。
 「重い物を持たない、運動は控えめに」
 手術後の注意事項が頭を掠めるが、「理想と現実は違うんじゃい」と、駅では重いキャリーバッグを持って階段を駆け上がり、空港では一番奥の搭乗口まで小走りし、機内の座席に着いたときには汗だくだく。
 これで離陸したら気圧の変化で胃の傷口から間違いなく血が噴き出すなと思いながら、いざ飛び立つと、さっさと爆睡。
 血を見ることもなく無事、熊本着。迎えに来てもらった車でそのまま劇場へ行き、そこから怒濤の打ち合わせ。
 3時半頃から制作担当と明日の実務打ち合わせ、若い作家と1作品目のテキレジ打ち合わせ、主要スタッフが揃ったところで企画打ち合わせ、ベテラン作家と2本目のテキレジ打ち合わせ、制作担当と契約についての打ち合わせ。
 終わってみれば夜の9時。この間、一度の休憩もなし。いっそ、胃壁から血が噴き出せば休めるのにと思う。

 夜の10時前にホテルにチェックイン。ライトアップされた夜の熊本城が素晴らしくかっこよく、しばし見とれて胃壁を癒す。そんなもんじゃ胃壁は癒されません。

夜の熊本城.jpg
夜の熊本城。我が名前に「城」がつくからか、城には妙に惹かれる。(この写メ、ズームで撮ったらピンボケしまくり)
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2010年05月20日

老い日記[63]――生誕18,631日/禁煙16日目

 気がつけば左下の奥歯が疼く。油断していたわけではない。入院中も3食、食後に必ず歯は磨いていた。でも昨日から疼いている。磨いても歯が疼く。これが老いというものか。
 「もしかしたらこの歯は神経が腐ってるかもしれませんね」
 確かにおよそひと月前、歯医者にはそう言われていた。この歯がこのまま死に絶えてしまうのか、いやまだまだ、と現役続行できるのかは、ひとえに毎日の地味な歯磨き次第、そう心得ていたのに、疼いている。闘いに敗れ、この奥歯はこのまま死んでしまうのか?

 入院中の日課が体に染みついているのか、毎朝6時過ぎには目が覚める。それとも単に、これが老いというものか。ともあれ連日、睡眠不足で頭が重い。
 今日も早々に目が覚めて、午前中は書きもの仕事。
 午後は新国立劇場に『夢の泪』を観にいく。芝居を観ながら、井上さん、もういないんだなぁと切なさが込み上げる。

 終演後、夕方から稽古。
 ダメ出しに変わらない(変われない)男優に思わず声を荒げる。おかげでストレスは溜まるし、血圧は上がるし(たぶん)、体に最もよくないのは芝居の稽古だと心底思う。

高級みかん.jpg
広島の演出家&女優のTさんからお見舞いに高級みかん「アンコール」が届く。種は多いが、味は極上。感謝。

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2010年05月19日

老い日記[62]――生誕18,630日/禁煙15日目

 
 退院しても薬は飲まなきゃならない。処方されているのは「アルロイドG」と「パリエット錠10mg」。どちらも胃の粘膜を修復したり保護したりする薬。
 「今も抗ガン剤は飲んでるの?」と知人に聞かれたが、飲んでません。今も昔も飲んでません。そこまで病状を勝手に悪化させないでください。
 飲んでるのは上記の二つだけ。ともに食前に飲むのだが、退院した途端、食事の時間が不規則になっているので、どのタイミングで飲めばいいのか意外と困難。
 というか、病院では1日3食だった食事が2食になったりもしてるので、薬は丸々3週間分ももらっているのに予定通り減っていかない。主任医師のY先生、どうすればいいですか? 適当でいいですか? まとめ飲みってのもありですか?(ありません)

 今日は朝から会議。女優にして演出家のSさんに「癌は一回できるとできやすくなるから、気をつけてね」と笑顔で言われる。なんでも同じ劇団の演出家が何度も内視鏡手術をやってるらしく、「おできを取るように何度も取ってるわよ」。
 人間、人のことにはどこまでもドライになれるんだと痛感。

 稽古は休み。制作のF女史が矢継ぎ早に投げてよこす仕事を次から次にこなそうとするが、少し息切れ状態。
 左のこめかみに時折、ズキン!と走る痛みが気になる。
 
胃壁保護.jpg
右が「アルロイドG」。緑色でどろりとしていて結構、不気味。
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2010年05月18日

老い日記[61]――生誕18,629日/禁煙14日目

 
 癌も手術も何事もなかったかのように、慌ただしく仕事仕事に追われる生活に戻っている。それもびっくりするほど簡単に。
 時間には、個人の中に流れる時間と、社会の中に流れる時間の二つがあって、個人の時間の流れで生きたいと思っていても、否応なく社会の時間に引きずりこまれていく。
 「ねぇ、もっとゆっくり! ゆっくり!」。そう叫んでも、置いていかれるだけ。誰も、何も、待ってはくれない。病院で自分の時間の流れと向き合っていただけに、そのギャップを埋めるのは実に大変。いつのまにか体に疲労が溜まっている。
 「退院しても1週間は自宅で安静にしていてくださいね」
 主任医師のY先生に言われたけれど、無理です、Y先生。どうか強制的に、麻酔を打ってください。

 午後から会議が二つ。
 体の具合をプロデューサーY氏に聞かれ、「昨日、退院したんです」と言うと、「なんかさっぱりしてるよ。いろんな悪いものが全部落ちてすっきりしたんじゃない?」。
 いえいえ、世の中の流れについていくのに必死です。それより、何ですか、「いろんな悪いもの」って。
 誰か、Y氏にも麻酔打って黙らせてください。

 会議終了後、稽古場に直行。
 ここまで、まともに食事を摂ってなくて、コンビニおにぎりを急いで食べて稽古に入る。稽古では先へ先へ流れをつくろうとするが、若手男優でいちいち引っかかって停滞、何度もぶち切れそうになる(たぶん、血圧も急上昇)。
 主任医師のY先生、こんな毎日で大丈夫っすか? あと1年ぐらい入院し直してもいいっすか?

病室?.jpg
退院間際の病室。PC2台がつけっぱなしで、仕事場とほとんど変わらない。一番上に見えるモニターはテレビ。長いアームで自由自在に場所も角度も動かせる。(拍手)
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2010年05月17日

老い日記[60]――生誕18,628日/禁煙13日目

 
 奇しくも退院は我が誕生日。
 Happy Birthday to Me!!
 体もリセットされて、ついでに人生もリセットするには抜群のタイミング。これからの人生、気分だけでも生まれ変わりましょう(老いには逆らえないが)。
 午前10時には病室に別れを告げ、入院費の支払いも済ませ、気持ちも財布もさっぱりとして、さようなら白い巨塔。
 世話になった。みんな、いい人だった。プロだった。感謝。

 帰り道、業平橋のほうに回って、今話題の「東京スカイツリー」を野次馬的に見に行く。まだ建設中とはいえ、高い高い。ぐんぐん伸びている。まるで前途有望な我が将来のよう。(と、気分だけは生まれ変わっている)
 病院からよく見えた建設途中の「東京港臨海大橋」も、とんでもなく巨大な橋で、東京の東側は日々リセット、リセット。どんどん見知らぬ風景へと生まれ変わり、変貌を遂げつつある。

 夕方から退院初日にして芝居の稽古へ。(いいのか?)
 行けば、生まれ変わったはずなのに、やはり以前のように見ているそばから、めらめらと心に火がつき、俳優たちをシバき倒してしまう。ダメダメ、そんなぬるーい芝居してちゃ。これでもかとダメを出し、毒を吐き、あっという間に稽古は終わる。
 人間、そうそう簡単に生まれ変われるもんではない。

17日朝食.jpg
朝食(潰瘍食):全粥、卵とじ煮、ほうれん草浸し、のり佃煮、みそ汁、牛乳。495kcal、蛋白質21.90g、脂質16.43g。
最後の病院食。

スカイツリー.jpg
東京スカイツリー。現在、368メートル。
クレーン車.jpg
ツリーの足下のほうではクレーン車がひしめき合う。奇妙な生物の群れのようにも見える。
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2010年05月16日

老い日記[59]――生誕18,627日/禁煙12日目

  朝、体重を測ってくださいと言われて測ったら、入院時の5日前より2kg減。5日で2kg? ただ、3食しっかり食べて、ぐだぐだしてただけなのに? ランニングもなしで? ……謎だ。
 考えられる理由としては、@間食を一切していない。A規則正しい時間に食べている。Bカロリーが1日1600kcal程度で安定している。……こんなところか? これを守り続ければ、あと2〜3kgは落ちるのか? もしかして10kg減も叶うのか?

 今日は退院前日にして初めて訪れる人もなく、日曜休診なので1・2階の外来フロアも人影まばらで、病院全体が安静日のような1日。
 せっかくなので5階の空中庭園にも足を運んでみると、「禁煙」の文字がやたら目に付く。ほとんど5メートルおきくらいに「禁煙」「禁煙」と掲示してある。これほど警告されてるってことは、間違いなく「こっそり喫煙者」が少なくないということで(お見舞いに来た人がヘビースモーカーということも考えられるが)、禁煙が徹底してると思い込んでいたので少々驚く。
 おまけに庭園入口のドアには、今流行りの「電子タバコも禁止」の貼り紙が。なんでも「誤解を招き、マナーの低下につながる恐れがある」云々と書いてある。要するに「紛らわしいからダメ」ってことなんだけど、これは少々厳しすぎないか?

 さてさて、ホテルの高層階のようなビューティフル・ビューも見納め。夜の東京タワー、かっこいいっす。2、3日前からライトアップが変わってたけど(下7割ほどがグリーン)、あれは何を表していたのか。そんなことは知ったこっちゃないが、かっこいいっす。なんだかんだで、丸6日間、この病院内から一歩も外に出ていない。外気を吸ったのも今日の空中庭園のみ。
 さぁさぁさぁ、また明日から世俗にまみれた、きったねぇ空気をこれでもかと吸いまくって、またここに戻ってくるぞ。
 ダメです、戻っちゃ。

16日朝食.jpg
朝食(潰瘍食):全粥、温泉卵、焼板野菜味噌炒、たいみそ、みそ汁、ジョア(プレーン)。520kcal、蛋白質22.11g、脂質11.93g。
こんなに味気ない食事でも結構なカロリー。

16日昼食.jpg
昼食(潰瘍食):全粥、鶏肉生姜焼、かぶ海老あん、ほうれん草浸し、清汁(庄内麩)、卵黄クリーム。635kcal、蛋白質31.68g、脂質22.60g。
プリンもどきの卵黄クリームが結構イケた。

16日夕食.jpg
夕食(潰瘍食):全粥、助宗鱈煮付け、卵どうふ、里芋のごまだれ、みそ汁、フルーツゼリー。541kcal、蛋白質28.90g、脂質7.38g。
魚が出ると食が進んで、完食。でも膨満感なし。
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2010年05月15日

老い日記[58]――生誕18,626日/禁煙11日目

 入院5日目、術後4日目。
 昨日熱が下がって以来、もうすっかり健康体の気分なのだが(どこも痛まないし、どこにも違和感はない)、まだまだ侮ることなかれ、本人の自覚のないところで我が体は「内視鏡的粘膜切除術」(EMR)で人為的にこしらえた潰瘍とせっせと闘っているのだろう。

 今日もY医師自ら、退院後の注意と次回の予定(組織検査の結果)について話に来る。
 退院後の注意点。細々と書いてあるが中でもいくつか気になったのは、「アルコール、タバコは退院後2週間は禁止です」(おお、3週目から煙草吸ってもOKなんだ)、「コーヒーは1日1〜2杯にしてください」(そうか、でかいカップで飲めばいいんだ)、「旅行は退院後2週間ほど避けてください」(出張は旅行じゃないよな?)。うん、これならなんとか乗り切れそうだ。
 Y医師は今日も「来週の熊本の仕事は延ばせないんですよね?」と念を押すように聞く。「もしあちらで下血・吐血ということになったら、あちらの病院に行っていただくしかありませんが、その場合でも今回どんな治療をしたのか、情報をお渡しすることはできますので」「はい、わかりました」「退院して1週間で栃木に戻られて出血なさってた方もいらっしゃいましたので」「ああ、実際にいらっしゃるんですね」「まぁ大抵の人は何もなく終了になるんですが、1〜2%は出血しますんで」「………」
 もちろん飽くなき親切心で言ってくれてるのだろうが、あまりに丁寧で念押しの多い説明に、もしやY先生、俺は出血間違いなしと踏んでいるのか?と不安になる。

 本日、二度目の「観便」。いやぁ、やっぱり自らの排泄物を便器に残したまま看護師を呼ぶのは、すごく勇気が要る。
 呼び出しで来てくれた看護師は、さっと便器内を見て、既にそしらぬ顔で雑誌を読んでた俺に、「ありがとうございます」。
 ……御礼まで言われるとは。これは、何プレイだ?(おいおい)

 体は闘っているのだとしても、自覚症状のない身としては読書三昧、昼寝三昧とリゾート気分で残る時間を過ごしたいのだが、我が劇団制作のF女史、これでもかと書きもの仕事を投げてくる。これって、ホテルにカンヅメ、「はよ原稿書け、ボケ」状態ではないのか? 原稿は確かに溜まっているのかもしれないが、同時にストレスも溜め込んでいいのか? いいのか?(泣)

15日朝食.jpg
朝食(潰瘍食):全粥、高野入煮びたし、オクラ入おろし和、ふりかけ(タラコ)、みそ汁、牛乳。424kcal、蛋白質16.94g、脂質10.98g。
なんか全体的に、「くたびれた朝食」。
15日昼食.jpg
昼食(潰瘍食):全粥、酒蒸魚タルタルソース、レバー照煮野菜添、フレンチサラダ、赤だしみそ汁。608kcal、蛋白質34.02g、脂質26.44g。
レバーに添えられていたのは「いんげん」だったが、なぜ「いんげん添え」と言わないのだろう?
15日夕食.jpg
夕食(潰瘍食):全粥、鶏肉しそ風味焼、馬鈴薯野菜煮付、果物(ペアー缶)、吉野汁。522kcal、蛋白質20.40g、脂質9.89g。
ペアー缶って何? 吉野汁って、どこの汁?
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2010年05月14日

老い日記[57]――生誕18,625日/禁煙10日目

  入院4日目、術後3日目。
 昨夜の高熱は、薬を飲んだ後、うんうん唸りつつ電気毛布で汗をかき、体の節々が痛い痛いと呻きながら睡眠と睡眠の手前を行ったり来たりし、その合間合間に少しずつ少しずつ熱が下がっていくのを実感、朝6時前に測ったら36.7℃、ようやく平熱に戻っていた。
 今年2月、急性胃腸炎で丸4日間続いた「しゃっくり」がようやく止まったときにも思ったのだが、本当に治まったときは「あ、治まった」となぜだか、はっきりわかる。2月のしゃっくりのときも、「あ、今度は間違いなく止まった」と思えたし、昨夜の発熱も、「あ、これでもう熱は上がらない」と確信があった。
 だから思うのだが、反対の場合でも、つまり体が体の異変との闘いの果てに敗れてしまったときも、「あ、これで俺はもう死ぬ。二度とこちら側に戻ることはない」と自覚できそうな気がする(まだ経験はないが)。
 もし、自覚できる・自覚できない、どちらか選べと言われたら、「自覚できる」を私は迷わず選びますが。
 
 熱が下がったので、朝食に続いて昼食も頑張って完食。
 午後、検温に来た看護師に、「具合はどうですか? お腹の痛みもありませんか?」と聞かれ、実は昨日から少し気になっていたのだが、気にしすぎじゃないのか?と自分で打ち消していた違和感を告白。
 「胃がどうも張った感じがして、押すと少し痛いんですよ」
 看護師は親身になって問診しながら胃の辺りに聴診器を当てたりしてくれ、「食事はどれくらい食べられました?」「(やや胸を張って)完食しましたよ」「食事、残してください」「え、残すんですか?」「はい、胃に食べ物がたくさん入ると、それだけで胃壁は圧迫されますから、あまりよくないんですよ。胃が張ってる感じになるのは食後じゃないですか?」
 ……はい、確かに食後です。
 しかし、出された食事も治療の一環、無理してでも全部食べねばと思っていたのに。残さないといけなかったとは……。
 「食にいじましいほうが治りが早い」と教えてくれたイラストレーターFさん、どうやらいじましくても治りは早まりません。むしろ、悪化します。何でも腹八分目がいいようです。

 看護師がらみでもう一つ。昨日書き忘れていたが、健康状態を見極めるバロメーターとして「観便」がある。
 かんべん? どんな字書くんですか?
 そう入院初日に担当K看護師に聞いたところ、「便を観察するんです。黒い便、赤い便が出てないかどうか。だから流してしまわないで、終わったらナースコールで呼んでくださいね。看護師が来て観便しますから」。
 ええー? 自分で観便じゃなくて看護師が?
 いやぁ、これはこっ恥ずかしいことだと思っていたのだが、火曜に手術、水曜に食事が始まっても便意はなく、おやおや?と思っていたら、昨日の木曜日、ありました、お通じ。
 で、用を足した後にナースコールで呼び出し。「はぁい、今行きまーす」と明るい返事に、かえって狼狽。やってきた看護師は「便ですね?」と言ってトイレのドアを開けて便器内を覗き込み、「茶色ですね。はい、OKでーす」と、言われなくても知ってることを報告してくれるが、「知ってますよ、さっき自分でも見ましたから」とは返せず、ただ、えへらえへら、と愛想笑い。
 恥ずかしい。ひたすら穴に入りたい。どうせなら素っ裸で踊っていいですか? そのほうがまだまし。
 なんだか、この羞恥むき出しの試練があるのかと思うと、先生、何が何でも便意を我慢したくなるんですけど、これってどうなんでしょうか?

 S生命のYさんに電話をしたら、日程を調整して今日来てくれることになり、5時半すぎにようやく初の、ご対面。
 Yさんは俺と前担当のMが高校の同級生だということに相当驚いていたが、「で今、あいつと全然連絡取れなくなってるんですよ」と言うと、「連絡先ですか?」と自分のケータイをチェックし始めるので、なんだ連絡つくんじゃん、と思っていたら、「ああ今、ちょっとわかんないですね、すいません」って、おい。
 Yさんの話によると、今も保険の仕事をしてるようだが、なぜか詳しいことは教えてもらえず。なぜ?
 でも肝心の保険のことはYさん、実に丁寧に簡潔に教えてくれて、必要書類もすべてもらう。
 「早ければ明後日の日曜には退院できるかもしれないんですけど」と話していたら、若き医者チームが回診に来て、「古城さん、日曜までは様子を見ましょう」と日曜退院説をあっさり一蹴。これで月曜退院は決定的に。まぁ、病院に書いてもらう書類も月曜にならないと提出できないので、よしとする。

 親切に応対してくれたS生命のYさんが帰ってほどなくして、今度は主任医師のYさんが部屋にやってきて、「退院して来週はずっと自宅で休めますか?」と聞く。
 「いえ、金曜日には飛行機に乗る予定なんですが」「それはお仕事で?」「はい」「どちらに?」「熊本に」「それは誰かに代われませんか?」「いやぁ、それはちょっと……」
 熊本での仕事はオーディションで、この日で広報されているから今から日程変更は難しいだろうし、演出する自分が行ってオーディションしないことには話にならない、といったことを訴えると、Y医師は「もし、あちらで体調が悪くなったときのことを考えるとですねぇ〜」と、さりげなく怖いことを言う。
 なんでも術後、5〜6%の人に出血が起こるんだそうな。で、出血の大半は術後1週間以内に起こるらしいが、2週目に出血する人も1〜2%はいるらしい。
 「まぁ大丈夫だとは思いますが」と言いつつも、Y医師はリスクのほうを何度も具体的な数字を挙げて言い聞かせてくれる。なので無理だとわかりつつも、「わかりました、オーディションの日程をズラせないか一応、先方に聞いてみます」と心にもないことを言う。
 出て行こうとするY医師を「あ、先生」と呼び止め、「あのプライベートなことですみませんが、先生、おいくつですか?」と聞くと、なぜ年齢を聞かれるのだろうという顔をしながら、「42歳ですが」と答えてくれる。「あ、若いですね」と素直に言ったつもりが、Y医師はどんな表情を浮かべたらいいのか考えあぐねている様子のまま、「そんなに上に見えます?」「あ、いえ、Y先生が内視鏡のナンバーワン・スペシャリストだと聞いてたんで、お若いのに」「いえいえ、全然そんなことありませんよ」と謙遜しつつ、ナンバーワンは部屋を出て行った。
 実は入院初日、担当のK看護師に、この病院の医師のレベルの高さを教授されて、「中でも内視鏡スペシャリストのナンバーワンは誰?」と聞いたところ、「Y先生」と即答された。「へー、そんな人に担当してもらって俺はラッキーですね」「ラッキーですよ」「Y先生、何歳なんですか?」「えー、っと、あれ、何歳だろう? 今度聞いてみてくださいよ」。
 とまぁ、こんなやり取りがあった次第。しかし、42歳とは。周りの人の接し方やキャリアから、もっと上、もしかしたら俺と同じくらいかなと思っていた(実は見た目も)。

 夜になって続きを読み始めた『1Q84』、朝方までかかって残り半分ほどを一気に読破。
 村上春樹って確かもう還暦じゃなかったか? そんな歳にもなってこんな物語が書けるのは、やはり作者が「万年青年」だからなのか?

14日朝食.jpg
朝食(潰瘍食):全粥、里芋ごまだれ、小松菜煮浸し、たいみそ、みそ汁、牛乳。515kcal、蛋白質20.46g、脂質13.07g。
たいみそを粥に載せると味つきに大変身。
14日昼食.jpg
昼食(潰瘍食):全粥、鶏肉ケッチャップ煮、卵入ポテトサラダ、海老といんげんソテー、オニオンスープ。581kcal、蛋白質23.27g、脂質21.50g。
何じゃこれは?と思ってしまったオニオンスープ。
14日夕食.jpg
夕食(潰瘍食):全粥、八宝菜風、華風豆腐(軟)、果物(もも缶)、中華スープ。520kcal、蛋白質23.10g、脂質15.23g。
中華はすべて薄味。お粥を3分の1ほど残す。
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2010年05月13日

老い日記[56]――生誕18,624日・禁煙9日目

  入院3日目、術後2日目。食事は重湯からお粥に進化。行動範囲も昨日までは病室のフロア内に制限されていたが、本日午前10時から院内フリーに(病院内なら自由に闊歩できる!)。加えて、待望のシャワーも解禁。早速、丸2日間ほとんど寝っぱなしのべたついた体を洗い流す。
 快調快調、あとはホテル住まい気分で悠々自適生活を送りながら退院を待つのみ。さっぱりした体で余裕綽綽、昼食も完食。優雅な気分で村上春樹の『1Q84』3巻を読み進めていたら、あれ? 寒気が。あれれ? 体がぶるぶる。あれれれれ。いかん、これは熱が出る。急いでベッドに潜り込んだものの検温のたびに、15時3分→37.3℃、15時36分→38.6℃、16時5分→39.5℃、あっという間に体温急上昇。
 ついに我慢できなくなってナースコールを押す。布団を1枚多めにもらい、それでも寒くて電気毛布を持ってきてもらい、若い医者までやってきて抗生物質(セフメタゾールナトリウム)を点滴投入、血液検査も行うことになり、たっぷり採血。
 1時間ほどして主任のY医師も回診にやってきて、「血液検査の結果も異常は認められませんでしたから心配しなくていいですよ」と断ったうえで、「土日に退院と言いましたが、熱が出ちゃったんで月曜まで様子を見ましょうか」。
 ああ、がらがらと一気に崩れる健康体への近道。さようなら悠々自適生活。

 その後、室温も上げ、電気毛布にくるまりながら、うんうん唸っていたら、夕方になって俳優T君、続いて新進衣装家Nが見舞いに来る。うんうん唸って汗をかいたからか、話してるうちに少し楽になり、夕食も二人と話しながら「食べねば」という義務感に押されて完食。18時半頃に測ったら37.6℃。おお、見事に下がりました。まだまだ若いです、我が体。捨てたもんじゃないです、我が自然治癒力。
 二人が帰ってからも、すっかり元気になったつもりで次回公演の制作雑務をメールと電話でやり取りしていたら、あれあれあれ? またまたぶるぶると寒気が。いかんいかん、自分を過信しすぎたと慌ててベッドに入るが、検温38.7℃。まるで動きの激しい日経株価平均のように数字が乱高下。全然、落ち着きを見せない。しかし高熱はいかんともしがたく、再びナースコールで助けを求め、水枕を用意してもらって、胃への負担が少ないという解熱剤「ピリナジン」(粉末状)を飲む。ああ、やはり自然治癒力は昔ほどはないのだと我が身の「老い」を思い知る。

13日朝食.jpg
朝食(潰瘍食):五分粥、親子とじ(朝)、二色浸花かつお、ふりかけ(たらこ)、みそ汁、牛乳。466kcal、蛋白質23.05g、脂質16.72g。
13日昼食.jpg
昼食(潰瘍食):うどん(葱)、蒸鶏和風ドレかけ、白菜浸刻みのり、りんごコンポート。566kcal、蛋白質23.79g、脂質15.56g。
13日夕食.jpg
夕食(潰瘍食):五分粥、あこう鯛粕漬魚、茄子のしぎ焼き、グリーンアスパラ浸し、清汁(豆腐)。328kcal、蛋白質20.09g、脂質9.11g。
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2010年05月12日

老い日記[55]――生誕18,623日・禁煙8日目

 
  起床6時はだいたいの目安ですから、みたいなことを昨日言っていたのに、6時過ぎにはその看護師が検温・血圧測定に来て目が覚める。とはいえ、1〜2分で終了。後は朝食もないので、再び惰眠をむさぼることに。

 9時から手術の経過観察のため、再び胃カメラ(内視鏡)。通算4回目ともなると鎮静剤を入れられた途端に意識が混濁。今回は何ひとつ記憶がないままに終了。しつこい質問攻めをしなかったご褒美か、結果は良好。出血も見られないとのことで、「今日のお昼から流動食を摂ってください」。
 よっしゃあ。これで手術の第一関門に続いて、第二関門も突破。楽勝だぞ、健康体への道。

 10日の夕方6時前に「サバの塩焼き定食」を食べたのを最後に、今日の昼まで絶食続き。昨日の手術前は空腹感がピークに達し、「このまま手術前に餓死だぁ」などとほざいていたのだが、点滴を入れ始めたら空腹感が潮が引くようになくなっていく。口から物を入れないで空腹感がなくなるのはなんとも不思議。
 でもようやく自力で物が食える! と勇んで臨んだ待望の食事は、正真正銘の流動食で大小の椀に入った汁ものがズラリ、「食事してる感」はまったくなし。やはり人間、噛み砕かないと達成感を味わえないのだと痛感。

 午後は治療も検査もなし。ひたすら「休むのが仕事」状態。だが、昼過ぎに駆け出し俳優K君が見舞いに来て、「なんだ、元気そうじゃないっすか」と残念そうな響きを漂わせながら、その後2時間も居座る。夕食後の6時過ぎには劇団の女優が3人連れでやってきて、あれこれ喋って、これまた休みにはならず。

 夜7時ごろに24時間以上続いた点滴が終了。これでトイレに点滴台をゴロゴロと引きずっていく必要がなくなり、それだけで解放感いっぱい。
 毎日、前夜に明日の予定表を看護師が持ってきてくれるのだが、明日は1日真っ白。食事も固形食に徐々に移行することだし、術後回復、快調快調。土曜日には退院だ。
 
流動食(昼食).jpg
昼食:重湯、南瓜ポタージュ、ペクシーパイン、煮りんごジュース、むら雲汁(流)。311kcal、蛋白質10.35g、脂質7.23g。見事にすべてが汁、汁、汁。
流動食(夕食).jpg
夕食:重湯、トマトジュース(流)、二色ゼリー、卵豆腐(流)、コーンクリームスープ(流)。280lcal、蛋白質11.77g、脂質8.61g。若干固形がかった、ゼリーと卵豆腐が登場。嬉し。
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