2011年06月10日

13年連続3万人超え。――[449]生誕19,017日

 1時間ちょいのランニングで一気に体重が2kg減る。減るものなんだと少々驚く。でも体重50kgの人が落とす2kgとは訳が違う。我が身にはそれだけ無駄についてる肉がまだまだべらぼうにあるってことだ。だから2kg減ったからってアイスクリーム3個一気食いなんぞやってちゃ意味ないっすよ、オッサン。
 
 2011年版「自殺対策白書」が閣議決定。2010年の年間自殺者は全国で3万1690人。09年よりは若干減ったが、これで13年連続で年間3万人超え。2011年は東日本大震災・福島第一原発事故の後遺症も大きく影響するだろうから、14年連続の年間3万人超えはほぼ間違いない。毎年毎年このニュースには暗澹たる思いがする。
 
 新国立劇場で『雨』を観る。井上ひさしさんが1976(今から25年前)に書いたこの戯曲、改めて「圧倒的な言葉の力」を思い知らされる。それほどに井上さんは言葉と格闘した人だった。格闘の果てに紡ぎ出された言葉は恐ろしく強靱で揺るぎない。25年の歳月などものともしない。
 『雨』は死にたくないのに自害せねばならなくなる男の話。死にたくないと喚き暴れる人もいれば、死にたい死にたいと心が叫び続ける人もいる。この両者の深い溝をなんとか埋められないものか。死に向かう人を踏みとどまらせる「圧倒的な言葉」は生み出せないものか。
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少々見にくいが、囲いの中にリヤカー。なぜ? 工事に使うのか?それともリヤカーが交通事故?
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2011年06月09日

疲れる理由。――[448]生誕19,016日

 今日も午前中は会議。現行役員では最後の常務理事会。我ながらご苦労様。ホントに皆さん、会議会議の日々によく耐えていらっしゃる。N会長はこのところ、我が身以上にややお疲れのように見受けられるが。

 
 『誰も見たことのない場所』の稽古の進みは超スロー。なかなか核心に近づけず、もどかしい。進み具合はひとえに若手の奮起にかかっているが、やる気があればなんとかなるというものでもない。当たり前だが、そこが芝居の難しいところ。
 「ヘタクソ!」「この、うんこ芝居!」と怒鳴り散らしたくなる激情をぐぐぐぐっと抑えて、冷静沈着な大人になってダメ出しをする。冷静沈着な大人だと本人は思っている。傍目にどう映っているかは知らない。
 同じ作品を上演し続けるのは、新作初演とはまるで異なる難しさがある。慣れとの闘い。甘え合いとの闘い。体は覚えているが、心はもはやフレッシュではない。そのこととの闘い。恋愛関係と同じですね。「そんなこと言わなくてもわかってるでしょ?」ということとの闘い。ラブラブな関係をキープするのは、とてつもなく至難の業だ。
 これに若手との不毛な闘いも加わる。稽古帰りにはどっと疲れを溜め込む羽目になる。ああ、だからN会長もお疲れなんですね。(たぶん違います)
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店名かと思ったら「がんばろう東北」のメッセージ。YES。がんばろう。

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2011年06月08日

月日は流れる。――[447]生誕19,015日

 新宿を歩いていて、ぶったまげた。
 一昨年の3月末に閉館した「THEATER/TOPS」がまた劇場になっていた。「おお……!」と一瞬、歓喜の声をあげそうになったが、よくよく見ればお笑いの劇場ではないか。その名も「松竹芸能新宿角座」。吉本興業に対抗して松竹芸能がお笑いライブの拠点をつくったらしい。
 その昔、一跡二跳のチラシもよく張り出されていたビル外壁の告知スペースには、最近テレビでたまに見る若い双子のオネエタレントの写真がドーンと……。
 事実を認識するに至り、すさまじい脱力感に襲われる。まさに、へなへなと……。小劇場の登竜門的存在で我が劇団一跡二跳のホームグラウンドでもあった劇場がこういう形に姿を変えるとは……。いや何もお笑いが嫌いなわけではない。ただ、結局は大手資本に負けるというか、すべては経済優先で物事は動いていくのだという事実が我が身を絶望に陥れる。
 
 世田谷パブリックシアターでシス・カンパニー『ペッジ・パードン』を観る。 15分の幕間休憩に外に出てネオシーダーを吸い、急いで戻って外出券をモギリの人に渡した途端、そのニーチャンに「古城先生」と呼び止められる。よくよく顔を見れば、日芸でのかつての教え子のS君ではないか。「おお……!」「お久しぶりです」「え何? 今ここで働いてんの?」「あ、はい。ここで仕事しながら、まだいろいろとやってます」
 時間がなくてそれ以上は話せなかったが、遡って数えてみると、S君に教えてからかれこれ10年は経つ。S君の専攻は確か「戯曲」だったが、我が「演技」の授業を毎週毎週熱心に受講していた。「脚本、書いたら読んでもらっていいですか?」と言われたこともあったなぁ。(読んだ記憶はないが)
 あれから10年。月日の流れ去る速さに驚きもするが、そうかそうか、S君はまだこの世界で頑張っていたかと保護者のようにほくそ笑む。ほくそ笑みながら我が身を振り返ると、あまりの変わり映えのなさに一気に気持ちは萎えるわけだが。
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かつてのTHEATERTOPSに張られた松竹芸能新宿角座のチラシ。諸行無常を突きつけられる。
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2011年06月07日

上野で卵たちと戯れる。――[446]生誕19,014日

 映画『ブラック・スワン』、ようやく観る。まず、よくもこの題材を映画にしようと思ったなと、その着眼点に敬服。こういう妄想物語は落としどころが難しいが、幕引きのタイミングがうまい。ナタリー・ポートマンは女優の凄さをいかんなく発揮して圧巻。深層心理の深みに自らはまり込んでいく怖さをぐいろんな顔でいぐい見せる。アカデミー主演女優賞は文句なし。
 
 午後、G大学の授業で久々に上野へ。ああ、そういえば「レンブラント展」がもうすぐ終わる。このまま美術館へなだれ込みたい衝動が激しく突き上げてくるが、なんとか自制してG大の門をくぐる。
 この大学は芸術を標榜しているくせに演劇青年・演劇少女の姿は皆無。受講している学生に専攻を尋ねると、「声楽です」「器楽」「デザイン」「彫刻やってます」「建築です」。聞けば聞くほど、我が身が教える意味がぐらつく。おまけに彼・彼女らは演劇を志しているわけではないから、我が身のドSぶりも封印せざるを得ない。さわやかオッサンと化して、演劇以外の芸術家の卵たちと楽しく戯れる。いいのか?
 
 一昨日までマッサージに行くたびに「もみ返しはありますか?」と聞かれたのだが、何がもみ返しなのか、今ひとつよくわからない。昨日から両方の首筋・肩・肩胛骨がいつにも増してぱんぱんに張っているが、もしやこのことか?女心とオノレの体はいくら年を重ねてもさっぱりわからない。
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今やすっかり上野の顔。「リーリー(力力)」と、もう一頭は名前何だった?
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2011年06月06日

演出の腕、上げたよね。――[445]生誕19,013日

 公演が終わるのを待ち構えていたかのように先週から会議が続く。(そういうふうに日程調整しているから当たり前だが)
 今日も朝から気温がぐんぐん上がる中、早くもじんわり汗をかきつつ西新宿へ。事業企画委員会。このところ演出家のNさん(文学座)Mさん(青年座)とは頻繁に会っているが、お二人とも我が身より年上ながら至って元気。やはり誰よりも体力がないと演出家は務まらないのかもしれぬと、減量作戦が停滞している我が身を戒めながら、そう思う。
 会議後、評論家Gさんと久しぶりに一緒にランチ。Gさんはメニューの中から迷わず揚げ物の「ロースカツ御膳」を選ぶ。よっ、若いね。但し、ご飯は小盛り。我が身は少し迷って「ハンバーグ御膳」。よっ、おこちゃま。但し、ご飯は普通盛り。減量作戦が……と、つい30分ほど前に戒めたはずなのに、これは付き合いだから、と少しも迷わず、ぺろりと全部たいらげる。
 GさんとはイギリスのNT(ナショナル・シアター)が上演した『失われた時を求めて』や『ヒストリー・ボーイズ』などの話で盛り上がるが、不意に「古城君は留学から帰国して演出の腕を上げたよね」と、上から目線の言葉をありがたくいただく。そういうことはGさん、本人にではなく周りの評論家仲間に枝葉をつけて言いふらしてください。
 
 夜は劇団の稽古。先週木曜から『誰も見たことのない場所』の稽古が始まり、つまりは、またしても若手との不毛な闘いの日々に突入しているわけだが、いやはや神経はすり減るし、忍耐力だけは培われるし、まるで修行のような時間を過ごす。
 ぐうたら演出家の愚痴にコメントをくださった皆様、お気遣いありがとうございます。元気でました。もうしばらくは修行続行。
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はい、みんな目をつぶれ。心当たりのある者は手を挙げろ。
でも「デュエルマスターズ」って何?
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2011年06月05日

更新されてないから。――[444]生誕19,012日

 『又聞きの思い出』に出演願った女優Kちゃんから突然の電話。「古城さん、元気なの?」「元気だよ。なんで?」「ブログ、更新されてないから」「ああ、ちょっと忙しくしてて」「元気だったらいいの。それじゃ」「え??それだけ?」
 どうやら更新されないこのブログを見て、具合が悪いのか?と心配してくれたらしい。それだけ『又聞きの思い出』の公演で我が身にストレスが溜まっていると思ったのか? Kちゃんはホントに我が身に異変なしということだけを確認すると、さっさと電話を切った。
 
 このブログを始めて、はや1年3カ月近く。だが今なお、なぜこの愚痴日記を続けているのか、我が身もよく理解・納得できていない。昨年の癌の手術が終わった時点で閉じたほうがよかったのではないかとしょっちゅう思う。今はもうやめるきっかけを失って、ただだらだらと続けているだけではないのか?
 実際、コメントもほとんどないし、誰一人いない観客席を前に芝居を打っているような空しい感覚もつきまとう。(コメントをもらっても自分勝手なドSの演出家は返事は書かないが)
 誰か、やめるきっかけを教えてください。
 
 ランニングによるふくらはぎの張りがさっぱり取れず、一昨日から三日連続でマッサージに行く。
 「肉離れとかするかもしれませんよ」。ぐいぐい肉を押しながらマッサージのニーチャンは怖いことを言う。なんでも炎症を起こす寸前の状態になっているらしい。ついに我がランニング・ライフは「年寄りの冷や水」に堕してしまうのか?
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クイズ。この写真に「カラオケの鉄人」という言葉はいくつ隠されているでしょう?(見づらいが)
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2011年06月04日

かっかかっか再び。――[443]生誕19,011日

 走っている最中、またしても頭がかっかかっかと熱を帯びてきて、もしやこれが熱射病というヤツか?と妄想たくましくしながらも走り続けるが、30分過ぎても少しも体は楽になってくれず、ついに40分過ぎたあたりで迷った挙げ句に足を止める。
 ……途中棄権。予定距離を走破できず。ショック。帰宅してからも頭は熱を持ったかのように重く、体にも風邪引き直前のようなだるさがある。体によかれと続けているランニングでまさか体を壊したか?
 
 翻訳家のSさんに渡されていた戯曲、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』をようやく読む。面白い。だが難解。原作のあらすじを知らないと日本人にはたぶん受け入れられないかもしれぬ。だが、この戯曲に書かれているイメージの洪水は美しく、捨て難い。演出家魂をくすぐられる。
 この戯曲の世界を日本に置き換えられるか? 置き換えることに意味があるか?真剣に考えようとするが、頭かっかの後遺症か、少しも頭が働いてくれない。(新手の現実逃避かもしれぬ)
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何時間も微動だにせず忠犬は待つ。だって置物だからね。
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2011年06月03日

固いですねぇ。――[442]生誕19,010日

 午前中から会議で西新宿へ。日本劇団協議会理事会。議案は結構あったが、思いのほかスムーズに進行し、予定時間よりかなり早めに終了。よしよし。会議はこうでなくては。 
 「大抵のことは3分で喋れるわよ」。その昔、取材した産婦人科の女医さんは顔色ひとつ変えずにそう言った。その通り。会議はみんなで顔をつきあわせ、うんうん考える場ではない。各自が考えてきたことをプレゼンし合う場だ。そこを履き違えている輩が多いので、大抵の会議はだらだらと長引く。老い先短い我が身に、だらだら会議は体に毒だ。
 
 今年初めてマッサージに行く。気になっていた自宅近くの接骨・マッサージ院に初めて飛び込むと、いずれもまだ20代か?とおぼしき若いニーチャンが4人、揃いも揃って「こんにちはぁ」と健康そのものの溌剌とした声を飛ばしてくるので、早くも場違いだったか?とUターンしそうになる。
 この我が心の動きを察知したのか、はたまた「こいつは実は老人」と思われたのか、次に飛んできた言葉が「ゆっくり、中へどうぞ」。この「ゆっくり」は恐らく、「もそもそと無理なさらず」とほぼ同義語に違いない。「転んで怪我されても困りますからね、おじいちゃん、よちよち歩きでいいんですよ」という意味か?
 マッサージ開始。肩をさすり始めて、「固いですねぇ」。首筋をぐりぐりしながら「固いですねぇ」。手を頭の後ろで組ませた状態で両肘を後ろに引きながら「可動範囲、狭いですねぇ」。なんだか馬鹿にされてる気にもなるが、さすがプロ、痛い個所をピンポイントで見つけて押してくる。
 数年前、ストレッチ中にガギッ!と首を捻り、未だに首を回すたびにピキキと痛みが走るのだが、それをオッサンが愚痴混じりに喋ると、マッサージのニーチャンは「治りますよ」と事もなげに言う。信じていいっすか?通わせるための方便じゃないっすよね?
 
 我がパソコン「よいしょっと」に本日、地デジ導入。
 配線引き回しに、我が劇団の俳優Oとその息子Uに応援を依頼。おかげで大仕事にならずに無事完了。よしよし。これで執筆作業にいそしみながらも、直ちにテレビも視聴できる。「ながら仕事」だってできる。だって原稿用紙の横にテレビ画面を並べて置いてるようなものだからね。素晴らしい。
 この男、仕事をする気はあるのか?
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「飲み放題ぜよ!」。なんて龍馬に似つかわしくないセリフ。
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2011年06月02日

「よいしょっと」、来る。――[441]生誕19,009日

 ついに届いた、我が新しき相棒となるパソコン「よいしょっと」。(変わった愛称の由来は、5月27日参照)
 23.6型ワイドのディスプレイは机上に置いて目の当たりにすると、さすがにデカい。なんという見やすさ。この上なく老眼に優しい。大きいことはいいことだ。
 本体もかなりデカくて、こちらは少々邪魔くさいが、説明書を読むと、なるほどね、この先、拡張しやすいように中の空間にゆとりがあるわけね。ふむふむ。たぶん拡張なんぞ、金輪際しないと思うが。
 しゃっ、しゃっ、とコード類を繋ぎ、「WINDOWS7」を立ちあげてLANケーブルを差し込むと、おお、速い。お待たせしません、インターネット。あり余るエネルギーに充ち満ちた誕生したての生命体のように、しゃき、しゃき、と画面は切り替わる。動画も速いぞ。昨日までの我がパソコンは、「待ちなさい。耐えなさい。何でも君の思うとおりに世の中は進まないのだよ」と忍耐だけをひたすら教えてくれたが、今度の「よいしょっと」は違うぞ。若さがあるぞ。これでようやく老老介護のごとき毎日から解放されるぞ。さぁ仕事だ仕事だ、よいしょっと。
 
 ところが……。昨日までのパソコンにあるファイルやデータを移せない。いや、時間かければ移せるのだが、専用のケーブルを買ってくればイッパツなのに忘れてた。なので結局、昨日までのパソコンも起動させ、あっちのパソコン、こっちのパソコン、両方に目をやりながら、まるで元カノと今カノのの両方にご機嫌とりつつ、整理整頓に明け暮れる。(結局、仕事はほとんど捗っていない)
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「よいしょっと」の抜け殻。見事、この世に生まれ出ました。
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2011年06月01日

喋り疲れる。――[440]生誕19,008日

 朝から会議で西新宿へ。この1カ月、ずっとJR通勤だったので東京メトロがなんだか懐かしい。会議は欠席多く、出席委員はわずかに5人。だが強者揃いで皆、よく喋る。これはオバサンの会合か?と錯覚しそうになるほど、男も女もあーだこーだと意見を言う。(それだけ熱心ということですよ)
 久々に会ったKさん(サードステージ)、我が身同様、今月中に脱稿しなければならない戯曲があるそうな。「なので議決権は古城さんに委任ね」と委任状にさらさらと「わんつーわーくす」と書く。Kさん、うちは片仮名ですから。
 
 午後は事務所でお世話になっている税理士のUさん、税務顧問をお願いするHさんらと顔合わせのご挨拶。
 芝居がいかに儲からないか。事務所を構えているのがいかに無謀なことか。社長演出家はここぞとばかりに、経理の専門家たちを不安に陥れることばかりに熱弁をふるう。
 
 夜は劇団の全体会議。赤字の財務状況にはメンバーの誰もが貝のように口を閉ざしていたのに(じっとしていれば嵐は通り過ぎると信じているのか?)、ホームページのブログの方針変更には、ここぞとばかりに熱い意見が闘わされる。
 もしもし? 財政が逼迫すればホームページも何もいっぺんに吹っ飛ぶのだよ。金の話をしなさい、金の。
 かくして最も重要な事柄については何ひとつ建設的な意見は出ず、枝葉末節のことばかりに時間が費やされる。
 
 振り返れば一日、喋ってばかり。疲れた。
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キリンの首のようなクレーン車。ビルの高いところにあるクレーン車に見とれてしまうのはなぜ?「つくりあげられていること」の象徴だからか?
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