2012年06月03日

何のために走ってる? ――[808]生誕19,377日

 昨日のリベンジとばかりに今日も途中で書き物仕事をほっぽり出して走りに行く。
 さすがに日曜ともなるとランナーがあっちにもこっちにも出没。老いも若きも男も女も、皆さん黙々と走っている。もちろん膝の悪そうな人は一人もいない。
 「走ってるときに何を考えてるんですか?」
 よく尋ねられる質問だが、実は何も考えていない。
 よし、走りながら演出の構想を練ろう。発想が行き詰まったから走って頭を整理しよう。そんな殊勝な野望を抱いて走り出しても、ものの5分もしないうちに、「ああ、今日は足が重い」「呼吸の乱れがいつもより早くないか?」「どうする?今日は40分でリタイアするのか? どうする、どうする?」……そんなことばかりが頭をぐるぐる回り始め、あとはひたすらオノレの意地とだけ向き合い、「ああ、苦しい」「ああ、俺何のために走ってるんだろ?」「ああ、まだ予定の半分かよ」……そんなことしか頭に浮かばない。つまり、建設的なことは何も考えていない。

 そう考えると、何のために走っているのやら。……わからん。

 夕方から『みんな豚になる』の稽古。
 本番では会場の吉祥寺シアターをとんでもない使い方をするのだけれど、今は小さな稽古場なので、「実際はたぶん、これくらい動きに時間がかかる」「恐らく、ここはこうなる」と、たぶん、たぶんで稽古を進める。申し分のない広さのある稽古場があれば、もっと効率よく稽古は進み、そのぶんクオリティもぐんぐん上がるのにと思いつつ、とりあえずは目先の一歩だけを見つめて走り続けている。

 何も考えていないわけではないが、どこか我が身のランニングと似ていなくもない。この稽古、何のために走っているのか? ……と考えるのは我が身の健康のためにやめておく。
火への鈍感.JPG

「火への鈍感」。思いつきそうで思いつかないフレーズ。
勉強になります。
posted by 老い日記 at 00:00| Comment(0) | 日記