2012年01月31日

新聞記者でした。――[684]生誕19,253日

 あろうことか徹夜明けで初台へ。新国立劇場企画サポート会議。まだ年も明けてひと月だというのに、来年の「マンスリープロジェクト」についてあれこれ話す。
 12時半頃に終わって、そのまま日比谷へ。何年ぶりになるのか、熊本日日新聞東京支社を訪問。後輩にあたるH記者から取材を受ける。日韓演劇フェスについての話の予定だったが、後輩記者は「ジャーナリズム演劇」に興味をひかれたらしく、ドキュメンタリー・シアターや『奇妙旅行』の執筆のいきさつについて食いついてきて、古巣に戻ったかのような演出家はここぞとばかりに喋る喋る。あっという間に時間が過ぎる。
 取材が終わったところでH記者、「支社に演劇をやってた人がいますよ」と営業のM君を紹介される。話してみると、M君は一昨年、我が身が演出した『メランコリーの予感』のリーディング上演を演出した人であった。おまけに我が身が講師を務めるワークショップにもかつて参加したことがあるという。いやいや、世間は狭いね。というか、覚えていなくて、すまん。

 改めて思えば、我が短い新聞記者時代の同期は、今や人事部長や支社長になってる奴もいる。人生いろいろです。
禿坂.JPG

知らなかった。「ハゲ坂」じゃないんだ。なぜか「禿」の字に敏感になっている……。

posted by 老い日記 at 00:00| Comment(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: